正文 第12节

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    「あと十分くらいでできると思うんだけどcそこで待っててくれる待てる」

    「もちろん待てるよ」と僕は言った。

    僕は冷たいビールをすすりながら一心不乱に料理を作っている緑のうしろ姿を眺めていた。彼女は素速く器用に体を動かしながら度に四つくらいの料理のプロセスをこなしていた。こちらで煮ものの味見をしたかと思うとc何かをまな板の上で素速く刻みc冷蔵庫から何かを出して盛りつけc使い終わった鍋をさっと洗った。うしろから見ているとその姿はインドの打楽器だがっき奏者を思わせた。あっちのベルを鳴らしたかと思うとこっちの板を叩きcそして水牛の骨を打ったりcという具合だ。ひとつひとつの動作が俊敏しゅんびんで無駄がなくc全体のバランスがすごく良かった。僕は感心してそれを眺めていた。

    「何か手伝うことあったらやるよ」と僕は声をかけてみた。

    「大丈夫よ。私一人でやるのに馴れてるから」と緑は言ってちらりとこちらを向いて笑った。緑は細いブルージーンズの上にネイビーブルーtシャツを着ていた。tシャツの背中にはアップルレコードのりんごのマークが大きく印刷されていた。うしろから見ると彼女の腰はびっくりするくらいほっそりとしていた。まるでこしをがっしりと固めるための成長の一過程が何かの事情でとばされてしまったんじゃないかと思えるくらいの華奢きゃしゃな腰だった。そのせいで普通の女の子がスリムのジーンズをはいたときの姿よりはずっと中性的な印象があった。流しの上の窓から入ってくる明るい光が彼女の体の輪郭りんかくにぼんやりとふちどりのようなものをつけていた。

    「そんなに立派な食事作ることなかったのにさ」と僕は言った。

    「ぜんぜん立派じゃないわよ」と緑はふりむかずに言った。「昨日は私忙しくてろくに買物できなかったしc冷蔵庫のありあわせのものを使ってさっと作っただけ。だからぜんぜん気にしないで。本当よ。それにねc客あしらいの良いのはうちの家風なの。うちの家族ってねcどういうわけだか人をもてなすのが大好きなのよc根本的に。もう病気みたいなものよねcこれ。べつにとりたてて親切な一家というわけでもないしcべつにそのことで人望があるというのでもないんだけれどcとにかくお客があるとなにはともあれもてなさないわけにはいかないの。全員がそういう性分なのよc幸か不幸か。だからねcうちのお父さんなんか自分じゃ殆んどお酒飲まないくせに家の中もうお酒だらけよ。なんでだと思うお客に出すためよ。だからビールどんどん飲んでねc遠慮なく」

    「ありがとう」と僕は言った。

    それから突然僕は水仙の花を階下に置き忘れてきたことに気づいた。靴を脱ぐときに横に置いてそのまま忘れてきてしまったのだ。僕はもう一度下におりて薄暗がりの中に横たわった十本の水仙の白い花をとって戻ってきた。緑は食器棚から細長いグラスをだしてcそこに水仙をいけた。

    「私c水仙って大好きよ」と緑は言った。「昔ね高校の文化祭で七つの水仙唄ったことあるのよ。知ってるc七つの水仙」

    「知ってるよcもちろん」

    「昔フォークグループやってたの。ギター弾いて」

    そして彼女は「七つの水仙」を歌いながら料理を皿にもりつけていった。

    緑の料理は僕の想像を遙かに越えて立派なものだった。鯵の酢のものにcぽってりとしただしまき玉子c自分で作ったさわらの西京漬cなすの煮ものcじゅんさいの吸い物cしめじの御飯cそれにたくあんを細かくきざんで胡麻をまぶしたものがたっぷりとついていた。味つけはまったく関西風の薄味だった。

    「すごくおいしい」と僕は感心して言った。

    「ねえワタナベ君c正直言って私の料理ってそんなに期待してなかったでしょ見かけからして」

    「まあね」と僕は正直に言った。

    「あなた関西の人だからそういう味つけ好きでしょ」

    「僕のためにわざわざ薄味でつくったの」

    「まさか。いくらなんてもそんな面倒なことしないわよ。家はいつもこういう味つけよ」

    「お父さんかお母さんが関西の人なのcじゃあ」

    「ううんcお父さんがずっとここの人だしcお母さんは福島の人よ。うちの親戚中探したって関西のひとなんて一人もいないわよ。うちは東京北関東系の一家なの」

    「よくわからないな」と僕は言った。「じゃあどうしてこんなきちんとした正統的な関西風の料理が作れるの誰かに習ったわけ」

    「まあ話せば長くなるんだけどね」と彼女はだしまき玉子を食べながら言った。「うちのお母さんというのがなにしろ家事と名のつくものが大嫌いな人でねc料理なんてものは殆んど作らなかったの。それにほらcうちは商売やってるでしょcだから忙しいと今日は店屋ものにしちゃおうとかc肉屋でできあいのコロッケ買ってそれで済ましちゃおうとかcそういうことがけっこう多かったのよ。私cそういうのが子供の頃から本当に嫌だったの。嫌で嫌でしょうがなかったの。三日分のカレー作って毎日それをたべてるとかね。それである日c中学校三年生のときだけどc食事はちゃんとしたものを自分で作ってやると決心したわけ。そしれ新宿の紀伊国屋に行って一番立派そうな料理の本を買って帰ってきてcそこに書いてあることを隅から隅まで全部マスターしたのまな板の選び方c包丁の研ぎ方c魚のおろし方cかつおぶしの削り方c何もかもよ。そしてその本を書いた人が関西の人だったから私の料理は全部関西風になっちゃったわけ」

    「じゃあこれc全部本で勉強したの」と僕はびっくりして訊いた。

    「あとはお金を貯えてちゃんとした懐石料理を食べに行ったりしてね。それで味を覚えて。私ってけっこう勘はいいのよ。論理的思考って駄目だけど」

    「誰にも教わらずにこれだけ作れるってたいしたもんだと思うよcたしかに」

    「そりゃ大変だったわよ」と緑はため息をつきながら言った。「なにしろ料理なんてものにまるで理解も関心もない一家でしょ。きちんとした包丁とか鍋とか買いたいって言ってもお金なんて出してくれないのよ。今ので十分だっていうの。冗談じゃないわよ。あんなベラベラの包丁で魚なんておろせるもんですか。でもそういうとねc魚なんかおろさなくていいって言われるの。だから仕方ないわよ。せっせとおこづかいためて出刃包丁とか鍋とかザルとか買ったの。ねえ信じられる十五か十六の女の子が一生懸命爪に火をともすようにお金ためてザルやる研石やら天ぷら鍋買ってるなんて。まわりの友だちはたっぷりおこづかいもらって素敵なドレスやら靴やら買ってるっていうのによ。可哀そうだと思うでしょ」

    僕はじゅんさいの吸物をすすりながら肯いた。

    「高校一年生のときに私どうしても玉子焼き器が欲しかったの。だしまき玉子を作るための細長い銅のやつ。それで私c新しいブラジャーを買うためのお金使ってそれ買っちゃったの。おかげでもう大変だったわ。だって私三ヶ月くらいたった一枚のブラジャーで暮らしたのよ。信じられる夜に洗ってね生懸命乾かしてc朝にそれをつけて出ていくの。乾かなかったら悲劇よねcこれ。世の中で何が哀しいって生乾きのブラジャーつけるくらい哀しいことないわよ。もう涙がこぼれちゃうわよ。とくにそれがだしまき玉子焼き器のためだなんて思うとね」

    「まあそうだろうね」と僕は笑いながら言った。

    「だからお母さんが死んじゃったあとねcまあお母さんにはわるいとは思うんだけどいささかホッとしたわね。そして家計費好きに使って好きなもの買ったの。だから今じゃ料理用具はなかなかきちんとしたもの揃ってるわよ。だってお父さんなんて家計費がどうなってるのか全然知らないんだもの。」

    「お母さんはいつ亡くなったの」

    「二年前」と彼女は短く答えた。「癌よ。脳腫瘍のうしゅよう。一年半入院して苦しみに苦しんで最後には頭がおかしくなって薬づけになってcそれでも死ねなくてc殆んど安楽死みたいな格好で死んだの。なんていうかcあれ最悪の死に方よね。本人も辛いしcまわりも大変だし。おかげてうちなんかお金なくなっちゃったわよ。一本二万円の注射ぽんぽん射つわcつきそいはなきゃいけないわcなんのかのでね。看病してたおかげで私は勉強できなくて浪人しちゃうしc踏んだり蹴ったりよ。おまけに―」と彼女は何かの言いかけたが思いなおしてやめc箸を置いてため息をついた。「でもずいぶん暗い話になっちゃったわね。なんでこんな話になったんだっけ」

    「ブラジャーのあたりからだね」と僕は言った。

    「そのだしまきよ。心して食べてね」と緑は真面目な顔をして言った。

    僕は自分のぶんを食べてしまうとおなかがいっぱいになった。緑はそれほどの量を食べなかった。料理作ってるとねc作ってるだけでもうおなかいっぱいになっちゃうのよcと緑は言った。

    食事が終ると彼女は食器をかたづけcテーブルの上を拭きcどこかからマルボロの箱を持ってきて一本くわえcマッチで火をつけた。そして水仙をいけたグラスを手にとってしばらく眺めた。

    「このままの方がいいみたいね」と緑は言った。「花瓶に移さなくていいみたい。こういう風にしてるとc今ちょっとそこの水辺で水仙をつんできてとりあえずグラスにさしてあるっていう感じがするもの」

    「大塚駅の前の水辺でつんできたんだ」と僕は言った。

    緑はくすくす笑った。「あなたって本当に変ってるわね。冗談なんかいわないって顔して冗談言うんだもの」

    緑は頬杖をついて煙草を半分吸いc灰皿にぎゅっとすりつけるようにして消した。煙が目に入ったらしく指で目をこすっていた。

    「女の子はもう少し上品に煙草を消すもんだよ」と僕は言った。「それじゃ木樵女きこりおんなみたいだ。無理に消そう思わないでねcゆっくりまわりの方から消していくんだ。そうすればそんなにくしゃくしゃならないですむ。それじゃちょっとひどすぎる。それからどんなことがあっても鼻から煙を出しちゃいけない。男と二人で食事しているときに三ヶ月一枚のブラジャーでとおしたなんていう話もあまりしないねc普通の女の子は」

    「私c木樵女なのよ」と緑は鼻のわきを掻きながら言った。「どうしてもシックになれないの。ときどき冗談でやるけど身につかないの。他に言いたいことある」

    「マルボロは女の子の吸う煙草じゃないね」

    「いいのよcべつに。どうせ吸ったって同じくらいまずいんだもの」と彼女は言った。そして手の中でマルボロの赤いハードパッケージをくるくるとまわした。「先月吸いはじめたばかりなの。本当はとくに吸いたいわけでもないんだけどcちょっと吸ってみようかなと思ってねcふと」

    「どうしてそうと思ったの」

    緑はテーブルの上に置いた両手をぴたりとあわせてしばらく考えていた。「どうしてもよ。ワタナベ君は煙草吸わないの」

    「六月にやめたんだ」

    「どうしてやめたの」

    「面倒臭かったからだよ。夜中に煙草が切れたときの辛さとかcそういうのがさ。だからやめたんだ。何かにそうんな風に縛られるのって好きじゃないんだよ」

    「あなたってわりに物事をきちんと考える性格なのねcきっと」

    「まあそうかもしれないな」と僕は言った。「多分そのせいで人にあまり好かれないんだろうね。昔からそうだな」

    「それはねcあなたが人に好かれなくったってかまわないと思っているように見えるからよ。だからある種の人は頭にくるんじゃないかしら」と彼女は頬杖をつきながらもそもそした声で言った。「でも私あなたと話してるの好きよ。しゃべり方だってすごく変ってるし。何かにそんな風に縛られるのって好きじゃないんだよ」

    僕は彼女が食器を洗うのを手伝った。僕は緑のとなりに立ってc彼女の洗う食器をタオルで拭いてc調理台の上に積んでいった。

    「ところで家族の人はみんな何処に行っちゃったのc今日は」と僕は訊いてみた。

    「お母さんはお墓の中よ。二年前死んだの。」

    「それcさっき聞いた」

    「お姉さんは婚約者とデートしてるの。どこかドライブに行ったんじゃないかしら。お姉さんの彼はね自動車会社につとめてるの。だから自動車大好きで。私ってあんまり車好きじゃないんだけど。」

    「緑はそれから黙って皿を洗いc僕も黙ってそれを拭いた。

    「あとはお父さんね」と少しあとで緑は言った。

    「そう」

    「お父さんは去年の六月にウルグアイに行ったまま戻ってこないの」

    「ウルグアイ」と僕はびっくりして言った。「なんでまたウルグアイなんかに」

    「ウルグアイに移住いじゅうしようとしたのよcあのひと。馬鹿みたいな話だけど。軍隊のときの知りあいがウルグアイに農場持っててcそこに行きゃなんとでもなるって急に言いだしてcそのまま一人で飛行機乗って行っちゃったの。私たち一生懸命とめたのよcそんなところ行ったってどうしようもないしc言葉もできないしcだいいちお父さん東京から出たことだってロクにないじゃないのって。でも駄目だったわ。きっとあの人cお母さんを亡くしたのがものすごいショックだったのね。それで頭のタガが外れちゃったのよ。それくらいあの人cお母さんのことを愛してたのよ。本当よ。」

    僕はうまく木槌きづちが打てなくてc口をあけて緑を眺めていた。

    「お母さんが死んだときcお父さんが私とお姉さんに向かってなんて言ったか知ってるこう言ったのよ。俺は今とても悔しい。俺はお母さんを亡くするよりはお前たち二人を死なせたほうがずっと良かったって。私たち唖然として口もきけなかったわ。だってそう思うでしょういくらなんでもそんな言い方ってないじゃない。そりゃねc最愛の伴侶を失った辛さ哀しさ苦しみcそれはわかるわよ。気の毒だと思うわよ。でも実の娘に向かってお前らがかわりにしにゃあよかったんだってのはないと思わないそれはちょっとひどすぎるとおもわない」

    「まあcそうだな」

    「私たちだって傷つくわよ」と緑は首を振った。「とにかくねcうちの家族ってみんなちょっと変ってるのよ。どこか少しずつずれてんの」

    「みたいだね」と僕も認めた。

    「でも人と人が愛しあうって素敵なことだと思わない娘に向かってお前らが代わりに死にゃよかったんだなんて言えるくらい奥さんを愛せるなんて」

    「まあそう言われてみればそかもしれない」

    「そしてウルグアイに行っちゃったの。私たちをひょい放り捨てて」

    僕は黙って皿を拭いた。全部の皿を拭いてしまうと緑は僕が拭いた食器を棚にきちんとしまった。

    「それでお父さんからは連絡ないの」と僕は訊いた。

    「一度だけ絵ハガキが来たわ。去年の三月に。でもくわしいことは何も書いてないの。こっちは暑いだとかc思ったほど果物がうまくないだとかcそんなことだけ。まったく冗談じゃないわよねえ。下らないロバの写真の絵ハガキで。頭がおかしいのよcあの人。その友だちだか知り

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